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2025/6/26 おと・ひと・ことばMeeting

  • otohitokotoba
  • 2025年7月2日
  • 読了時間: 4分

参考:

『音楽と脳科学:音楽の脳内過程の理解をめざして』 2016/4/21

S. ケルシュ (著), Stefan Koelsch (著), 佐藤 正之 (監修, 翻訳)



情動と音楽、音楽と社会性あたりについて


音楽を通じて、それにまつわる社会的情報をも私たちは感受する傾向がある。

ただこの傾向は音楽に限ったものだろうか。例えばワインにこだわる方は、ワインそのものの用途に関すること(味や香り)以外にも産地や歴史などについても知りたがる。他にも例が挙げられそうだが、ヒトは自分に取って好ましい対象については、その周辺情報も集めたがる傾向がある。冒頭の1行は音楽にまつわるヒトの行動ではあるが、それは音楽に限ったことではないだろう。音楽の特質とは言い難いが、音楽もヒトとそのような関わりを持つ類のひとつであろう。


音楽には「期待値」みたいなものがある。

予定調和(その音を続き(メロディー)はこうなることが多いよね〜)内での和音進行とそうでない場合に自律神経の反応が異なった。交感神経皮膚反応、EEG、心拍数などで計測。

ヒトは「その音楽の進み方」について何か期待している。意識的か無意識的かこのメロディーの先はこうあってほしいと求めている傾向がある。ポップスではこの聴衆の期待を裏切ったり、合わせたりすることで感情の緊張と緩和を織りなすようにすると聞いたことがある(突然、サビから始まるとか、典型的にイントロからAメロ…など)。音楽の構成を工夫することは商業的な成果(売れるか売れないか)が背景にある。しかし、ヒトがメロディーに対して期待する(緊張と緩和を得る)という本能?がその背景のからくりにあるのだろう。

メロディー・・・よくよく思えばこれはただ音が連続しているだけである。人はそれに期待して、かつ緊張したり、落ち着いたりする。何とも不思議な関係である。


上記の2点から、ヒトは自分にとって興味深いことに対して、その周辺となるような社会的な情報も求め、またそれによって心が癒されたり、興奮したりする。

一方でそれは広く見渡してみると、音楽に限ったことではない。例えば着る服の色によって交感神経の興奮がことなるとのこと。五感に分けて考えてみても、視覚的な絵画やモッフモフの生地に触覚経由で癒されたり、味や香りは当然のこと、ヒトを緊張と緩和させることは容易に想像がつく。また部屋の家具の雰囲気など複合的な感覚を刺激する環境設定なども同様だろう。


では、その類のなかで「音楽」はどのような特徴があるのだろうか。

音楽はその「共有」が簡便で即効性があり、短時間であり、また聞いている人も自分の発声を用いるなどして模倣のような形でそれに同調、参加できることが挙げられるのではないか。ある意味では心を刺激するツールをポータブルに持ち歩ける、これは他の刺激物とは一線を画すように思う。


いつのまにかその人の基準(文化)を形成することもある。

例えば「好きな絵」には個人的な傾向がある。音楽もしかり、その人の基準、いうなれば「個々人の文化」を容易に形成する。それが手軽に簡便に行える。「音楽」の利便性のわりに、ヒトの心への深度の深さを感じさせる。


また、メロディーやリズムを記憶できる。

音感のある人が「音階」として音楽を記憶する(脳内に記述する)のは、例えば、「「青森県」は「北海道」の「下」にある」というように地形における位置という本来、なんの境界もない事象について「青森県」、「北海道」「下」というような語(記号化)を冠して脳内に記述することと似る。つまりそれを記憶する教育がそれを可能にしている。

がしかし、そのような教育を経験していなくとも、音楽(少なくともメロディーとリズムくらい、正誤問わず)を記憶できる。鼻歌や歌唱など(自分の発音器)で記憶していることを示すこともできる。記号化して記憶していないにもかかわらず、再生できる。

※個人的にはここはかなり深い部分かと思っています。一体、何を記憶しているのか。そしてそれがなぜできるのか。


この曲は8分なのか16分なのか。

最後に最近の曲の話題となった。上記したように音楽はその人に文化を形成するので、個々人の文化間の比較において、異なった文化(世代)の難易度を異なった文化(世代)が同様に感じることは難しい。ましてや音楽としての正誤などはさらに難しい(そこには商業的な視点も往々に存在する。例えば今の若い世代が自ら好んで昔とは異なる音楽を聴いているとは限らない。)

ある曲が16分に聞こえるとのこと。それに対してそうでもないようなともいう。また音感のない私にはどっちもべつに…(^_^;)という状態。個人的にはむかしの雅楽や能にもリズムがあり、それは今のようなものとは異なり、容易に(意識的に)感じれるものではないがリズムがあるとのこと。それと比べていわゆる楽曲はある意味、分かりやすくリズムを刻む(8分か16分かは置いておいても。途中でリズムが変わっても意識されない範囲ではない)。

リズムは心拍の安定をその由来としていると考えるのがスタンダードだと思う。メロディーと同様にリズムにも「期待値」がある。リズムについても少し知識が欲しいなぁと思った。そんなことを考えながら、8分vs16分論争を聞いていました。


以上。

 
 
 

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